西方浄土は、いかにして蘇るか?

 

 

かつて原始人が見ていた風景を現代人も同じように見ることはできるのだろうか?たとえば北海道の原野のような人の手つかずの場所でも、30万年以上も前ともなると、地形だって植物だって違っているだろう。原始時代と同じ風景なんて、もはやこの地球上にどこにもないのかもしれない…。いやいや、ところが、ところが、あるんですね。原始人が見ていたのと同じ風景が。しかも世界中に。それは海の水平線。なみなみと海水をたたえた海があって、それに対比するかのごとく大きな空がある。その空と海を上下に分かつ水平線こそが、太古の昔から変わらずそこにあり続けている風景なのである。
原始時代から変わらない普遍の風景。そんなコンセプトのもとに撮影され続けた杉本博司の「Seascapes」は、世界中の海の水平線を撮った連作写真であり、杉本博司の代名詞のようなシリーズになっている。「空・海・水平線」というこれ以上ないようなシンプルな構図の写真。でも、当然、ひとつとして同じ写真はない。まったく同じ構図ゆえにひとつひとつの違いが不思議な静寂さをもって立ち上がってきて、海という巨大なものの圧倒的な生命感が胸に迫ってくる。もはや風景とは呼べない畏怖すべき生命の海だ。

sea2

sea

さて、長らくリニューアル工事中だった恵比寿の東京写真美術館が9月3日からリニューアルオープンする。で、その記念すべきリニューアル後第1弾の展覧会が、なんと「杉本博司・ロストヒューマン」だというのだから、うれしいじゃありませんか。
今回の目玉は世界初発表の「廃墟劇場」と、本邦初公開の「今日 世界は死んだ もしかすると明日かもしれない」と、新インスタレーション「仏の海」の3シリーズだという。とうぜん、どれもすごく楽しみなんだけど、個人的には新しいインスタレーションとして展示される「仏の海」が楽しみでしかたがない。

san京都・三十三間堂の観音像を撮った「仏の海」は、着想から撮影までに七年かかったという執念の作品である。末法の世に西方浄土を出現させる。そんな願いを込めて建立された三十三間堂は、ご存じのように1001体の千手観音像がずらりと並ぶ、まさに西方浄土を視覚化したような圧巻のお堂だ。あんなふうな当時にしては、人々の想像を遥かに超えた、どえらいものをつくれたのは平清盛の莫大な財力があってこそのもので、さぞかし当時の人々の度肝を抜いたことだろう。残念ながらそれは火災によって焼失してしまったけれど、鎌倉時代に再建され、それが現在にいたってもそのままの姿で残っている。

で、あるとき、杉本博司の頭に強烈な妄想が宿ったのである。三十三間堂の中に並ぶ1001体の千手観音像は、毎朝、東山からのぼる朝日に照らされるはずだ。深いお堂の軒をかすめて朝のすがすがしい光がお堂の奥まで行き渡る。その瞬間、1001体の千手観音像たちは、いつもの人工的な蛍光灯の光とは全く違った表情で金箔を燦然と輝かせ、とてもこの世のものとは思えないような、まさに西方浄土としかいいようのない世界を出現させるのではないかと。それを撮影したい。

しかし、そこは我が国の国宝。いかにMoMA所蔵作家の杉本博司といえども、そう簡単に撮影が許可されるものではなかった。かくして、粘り強い7年にも及ぶ撮影許可の交渉(うち2回の不許可の返事にもめげずに)の末に、「仏の海」のための撮影がようやく実現した。

朝まだきの、僧侶たちの読経の響きもない静かなまったくの無人状態。蛍光灯を消したお堂の暗闇を東山からのぼった朝日が照らしはじめ、1001体の千手観音像たちを金色に浮かび上がらせた。朝日がのぼるのは早く、時間にして数十分の出来事であったが、しかし、そこには杉本博司の予想を遥かに超えた美しい世界が出現した。まさしくそれは浄土の出現だったのだ。そのとき杉本博司はまるで浄土信仰の来迎図のただ中にいるかのような錯覚を覚えながら、「死」というものもこのように訪れるのだろうと直感したのだという。

buddha

bu

そんな「仏の海」が今回は新しいインスタレーションとして展示される。インスタレーション。つまり空間体験として「仏の海」を“体験”できるのである。以前、森美術館で杉本博司の「Seascapes」を観たときには、暗闇の中に白木の能舞台がぼぅ~っと浮き上がっていて、そこにバックライトで照らされた「Seascapes」の一連の作品ががずらりと並んでいて、水平線という太古の昔から変わらない風景と、室町時代の幽玄を現代に伝える能の舞台とのコラボレーションに、いたくシビレたものだった。たしか会場の説明書きに「能舞台とは時空を超えるタイムマシーンである」みたいなことが書かれてあった記憶がある。

朝日に照らしだされて神々しく輝く1001体の千手観音像。かつて平安貴族が見ていたであろう西方浄土のような光景が今回はどんなふうに現代に蘇るのか?そこは「私の中では最も古いものが、最も新しいものに変わるのだ」とさらりといってのける杉本博司のこと。度肝を抜くようなことをやってくれるに違いない。楽しみだなあ。嗚呼ヒロシさま!

 

2016-08-14 | Posted in アートのこと, 人物No Comments » 

関連記事