宇宙空間に鳴り響く、グールドのゴールドベルク変奏曲。

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クラシックピアノ界最強のエゴイスト、あ、いや、ピアニストといったらもうこの人しかいません。テクニックがとか、名演がとか、そういったことだけではなく、ひとつのジャンルにはおさまりきれない圧倒的な存在感において。ロックにはジョン・レノンがいた。ジャズにはマイルス・デイヴィスがいた。そしてクラシックにはグレン・グールドがいた。と、つまりはそういうこと。もちろんグールドは独特の解釈による一連のバッハ録音によって、クラシックピアノ界に不滅の金字塔を打ち立てた人で、それだけですでにビッグな存在であるわけだけど、クラシックファン以外の人の好奇心をあれほど刺激的にかきたててくれた人はほかはにいなかった。あのヘンなピアノの弾き方も、真夏のオーバーコートスタイルも、ヒポコンデリーも、演奏中の“奇妙な歌声”も、そう、ファンにとってはそれらのひとつひとつが、グールドがグールドであることの楽しい確認事項みたいなものにほかならなかったわけで、つまり圧倒的にチャーミングな人だったんですね。

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さて、そんな彼の代表作といったら、やっぱりなにはさておき「ゴールドベルク変奏曲」の81年録音盤。なんてったって、あの「羊たちの沈黙」の人食いレクター博士も愛聴していたとされる(!)、名録音だ。
グールドのバッハっていうとジャズにも通じる独特なグルーヴ感があって、普段クラシックを聴かない人でもすんなり聴けちゃうわけは、まさにそこにあったりするけれども、この「ゴールドベルク変奏曲」は、最初は止まってしまうんじゃないかというほどの、これまでの「ゴールドベルク変奏曲」ではありえないようなスローなアリアではじまるんですね。でも、そのアリアが終わってからのグルーヴ感がすごい。まさに「静」から「動」への急展開。ちなみに「ゴールドベルク変奏曲」はバッハが音楽を手ほどきしたヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクというチェンバロ演奏者が、不眠症に悩むヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵ために演奏したことから「ゴールドベルク変奏曲」と呼ばれるようになったといわれているんですけど、グールドの「ゴールドベルク変奏曲」は確実に目が覚める(笑)。
でも、この「ゴールドベルク変奏曲」は、グールドがついに到達した境地、変幻自在なグールドの集大成というべき演奏なのだ。その完成された世界に全神経を浸らせて恍惚としているグールドが、音の息吹としてつたわってくるんです。打鍵のエクスタシー。そういったのはピアニストの岡田敦子さんだったけれど、まさにどんぴしゃなんですね。

そもそもなことをいうならば、グールドのデビュー盤が「ゴールドベルク変奏曲」だった。バッハのチェンバロの曲をピアノで、しかも斬新な解釈で弾いたデビュー盤の「ゴールドベルク変奏曲」は、1956年に発表されるやいなや、たちまちルイアームストロングの新譜をおさえて全米チャート1位に躍り出た。センセーショナルなデビュー。まさに彗星の如くって感じのデビューだった。
そうして一気に世界的ピアニストへの階段を駆け上がり、バッハの演奏者として特別な地位を確立したグールドは、1964年にはコンサートという発表形式を捨てて、スタジオ録音のみの作品発表に切り替えた。つまりより完璧の音を目指したというわけで、そんなグールドが最後に録音したのが81年録音盤の「ゴールドベルク変奏曲」だったのである。つまりグールドの音楽人生は「ゴールドベルク変奏曲」にはじまり「ゴールドベルク変奏曲」で終わったわけで、それはあたかも、美しいアリアではじまり、30の変奏曲が展開されて、またアリアへと戻っていくという「ゴールドベルク変奏曲」の楽曲構造を、グールドがそのまま生きたかのようでもあった。

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今からもう20年以上も前のことだけど、そんなグールドの「ゴールドベルク変奏曲」がNASAの無人宇宙探査機ボイジャー2号にディスクがつまれていることを知ってボクは興奮したものだった。広大な宇宙空間のどこかで、もしかしたら遭遇するかもしれない地球外生命体に、グールドのあの名演奏を聴いてもらおうという試み。それはなんて素敵な試みなのだろう。思わずボクは頭の中にひとつの強烈な光景を思い浮かべた。がらんとした宇宙の壮大な空間の中を、グールドの「ゴールドベルク変奏曲」のアリアを大音量で流しながら悠然と進んでいくボイジャー2号……。もちろんボイジャー2号はただディスクをつんでいるだけなので、そんなのはありえない光景なんだけれども、そのキッチュでありながら詩的な光景にボクはうっとりしたものだった。だってそれはケタ外れの鬼才グールドになんともふさわしい光景だと、そう思えてならなかったのだから。

 

ところが!
実はそれはボクの大きな勘違いで、ボイジャー2号に積まれたのは同じグールドのバッハでも「平均律クラヴィーア曲集/第2巻 前奏曲とフーガ第1番ハ長調」だったというんですね(なんせ「ゴールドベルク変奏曲」はグールドの代名詞みたいなもの曲なので、当時、ボクと同じように勘違いをした人は実は世界中に無数にいた!)。
でも、長い間勘違いしていたボクは、今もなお、グールドの「ゴールドベルク変奏曲」の美しく深遠なアリアを聴くと、宇宙空間を大音量でアリアを流しながら悠然として進んでいくボイジャー2号を思い浮かべてしまう。たぶん、それは一生変わらないと思う。

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え〜、最後に、ボクが選んだグールドの入門おすすめ5選を紹介しますね。

●「ゴールドベルク変奏曲」
1981年

アメリカ現代文学最強の作家リチャード・パワーズの小説「The Gold Bug Variations」で、グールド(らしき人?)はこんなふうに語られています。「彼は対位法的頭脳を生まれながらに持っている。彼の10ビット=デジタル回路には、BACHを解読する演算法がアプリオリに組み込まれているのだ」。
で、その10ビット=デジタル回路で解読された最高傑作がこの81年版「ゴールドベルク変奏曲」。主題のアリアではじまり、それが華麗な30の変奏曲となり、ふたたびダ・カーポのアリアに回帰していくというこの曲の構造は、ゴールドベルクでデビューし、ふたたびゴールドベルクの再録をして世を去ったグールドの人生に、そのまんま重なります。81年版ゴールドベルクがグールドの白鳥の歌っていわれるゆえんですよね。そして、それはあまりに美しい白鳥の歌だったっていうべきでしょう。これはもうピアノ音楽ファン必携の一枚。

 

●「ゴールドベルク変奏曲」(旧盤)
1955年

個人的にゴールドベルクっていうと、つい新盤のほうばかり聴いてしまっていたんですけど、この前たまたま新宿のタワーレコードのフロアで旧盤がかかっていて、なんていうかあまりの素晴らしさに立ち止まってしまいました(笑)。旧盤もいいですね。グールドファンでもある、かの村上春樹さんなんかは旧盤のほうが好きだっていってますし。ハイ、グールドのゴールドベルクは新旧そろえて持つのがベストです。

 

●「リトル・バッハ・ブック」
1955~71年

グールドのバッハ入門にうってつけなのがこのチャーミングなアルバムです。なんてったってグールド自身が
親しみやすい演奏を選りすぐって選曲してくれたっていうんだから、これに勝るものはないわけです。デビュー25周年を記念してリリースされたこのアルバムは、まさにグールドの華麗なバッハ・プレイをパースペクティブできる一枚。ちなみにジャケットのピアノを弾くかわいい坊やは11歳の頃のグールド君です。

 

●「ブラームス:4つのバラード/2つのラプソディ/間奏曲集」
1960、82年

グールドっていうとバッハって感じですけど、ブラームスだってナイスです。ここではあんまりトリッキーな面はでていないけど、かわりにブラームスのピアノ小品がもつ汲み尽くしがたい魅力が、グールドのシンプルな演奏によって十二分に引き出されています。しんみりと聴きいってしまえる、そばに置いておく愛聴盤としておすすめ。そう、坂本教授もグールド版ブラームスの間奏曲集をいたく愛聴しているそうですよ。

 

●「モーツァルト:ピアノ・ソナタ集」
1965~70年

一部のモーツァルトファンを激怒させたのがグールドのモーツァルト。かつてアインシュタインが「モーツァルトが書いた作品のなかで最も愛らしいもののひとつ」といったハ長調のソナタK.330が、このアルバムでは尋常ではないテンポ(ティム・ペイジいわく「地獄から飛びだしてきたコウモリみたいな猛烈なスピード」)で弾かれたりするわけで、なんとも挑発的なんですね。でも、グールドのモーツァルトをめぐるケンケンガクガクはもう過去のこと。これは後世に残る名盤。やんちゃなモーツァルトも、きっと草葉の陰で面白がっているのではないでしょうかねえ。

 

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2018-11-05 | Posted in 人物, 音楽のことNo Comments » 

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