身体の奥でざわめくもの/「YOKAI NO SHIMA」

kasedori2

フランスの写真家シャルル・フレジェの『YOKAI NO SHIMA』が青幻舎からリリースされたので、さっそく買ってみた。5月まで銀座メゾンエルメスフォーラムで開催されていたフレジェの写真展に行きそびれて悔しい思いをしていたので心待ちにしていた写真集だった。

どんな写真集なのかというと、日本全国58ヶ所をまわって、土着的な不思議なお祭り、いわゆる奇祭の、その奇妙な仮装を撮った写真集なのである。ただ、フレジェは、祭りの仮装でありながら、それを祭りの中で撮らないで、あえて日本の自然の風景の中でセッティングして撮っている。それについて、本人いわく…

「僕は民俗学者や人類学者ではないから、僕が関心を持ったコスチュームを、僕が興味を持った背景で撮ることにした。祭りの衣装を自然の中に置くことで、僕なりの新しい解釈をしめしているんだ」

このフレジェの試みは見事に成功しているといいたい。風光明媚な日本の自然の風景の中の置かれたことで、その奇妙な仮装者たちは、その異質性をより強く際立たせている。なるほど、日本の祭りとは、かつて折口信夫がいったように、この世の人間とあっちの世界からやってくる“まれびと”とのコミュニケーションであるということを、思わずにはいられない。そして、なんなのだろうか?これらの写真から感じる、身体の奥でなにかがざわめくような妙な感覚は。

tano

お客様は神様です。…といえば三波春夫だけど、祭りにおける神さまは、あっちの世界からやってきたお客様のようなものである。いってみれば祭りは神様へのおもてなしのようなもので、舞を舞い、馳走や酒をふるまって、神様によろこんでいただき、ふたたび、あっちの世界へお帰りいただくのである。フレジェがとらえたこの奇妙な姿は、そんなまれびとである神様の姿を可視化したものだといえるだろう。それを思いながら、この写真集のページをめくっていると、昔の人たちの豊かな想像力にただただ圧倒される。いうなればこの写真集は、ぼくらの遠い祖先のイマジネーションと、フランスからやってきた気鋭の写真家とのコラボなのである。

yo3

フレジェがあえて自然の中に置くことで際立たせたこれら奇妙な仮装者の異質性。いいかえるならば、それは、昔の人たちが神様に抱いていた畏怖の表れだといえるだろう。 そう、神様とは、決してやさしい存在ではない。機嫌を損ねればたちまち荒ぶる神となるような、怖ろしい存在でもある。人知の及ばないあっちの世界からやってきた得体の知れないまれびとなのである。身体の奥でなにかがざわめくような落ち着かない感じがするのは、神様にそんな畏敬の念を抱いていた昔の人たちから受け継いだ、内なるDNAのざわめきなのかもしれない。

yo4

現在、フレジェは奴隷海岸の文化をテーマに新たなプロジェクトをはじめているという。奴隷貿易という負の歴史の中でも、異質のものが出会うことで、新しい文化を生んできた。「人の移動によって文明が融合し、新しいものが生まれることに興味がある」と意欲を語るフレジェのことだから、きっと悲しい負の歴史の中にも、なにかハッとするような豊かなものを見出してくれるに違いない。

 

 

関連記事

Comment





Comment