陰翳礼賛を礼賛する。

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そういえばあの色などは瞑想的ではないか。玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光を吸い取って夢みるごときほの明るさをふくんでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何という浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。

ハイ、え~っとですねえ、

この文章は谷崎潤一郎の「陰影礼賛」の中の
羊羹(ようかん)について語るくだりだったりします。

「陰影礼賛」は谷崎潤一郎の代表的な随筆。
その内容を一言でいうなら「陰影に対する日本人の美意識が近代化によって
失われていくことを、大文豪が、格調高い文章でひたすら嘆きつづける随筆」
といったところでしょうか(笑)

しかし、さすがは耽美派といわれた大文豪。
この随筆で何度も何度も例えを変えて主張していることは、
美はモノそのものにあるのではなく、
モノと光と影がつくりだす陰翳の綾にあるということ。
なぜ芸者さんの化粧はあんなに白いのか。なぜ屏風や蒔絵には
あんなに金がこれみよがしに使われているのか。
それは、日本の建築空間の薄暗い中で見ることで、
はじめて美しく見えるように計算されているから。
薄暗い空間の中で、和紙によってやわらげられた行灯の光に
映えてこそ芸者さんの白い化粧は妖しく色気をはなち、
光をうけて暗闇の中にぼうっとうかびあがる屏風や蒔絵細工の金
が、沈痛なほどの美しさを見せてくれる。

まさに、日本の美と陰影は切り離せないものなんですね。

さて、そんな「陰影礼賛」のなかでも、
冒頭にあげた羊羹を語るくだりはなぜか人気があるようなんです。
今は亡き作家の吉行淳之介や、原田宗典さん、プロダクトデザイナーの
深澤直人さんをはじめ、多くの人がこのくだりを絶賛しています。

なぜなのか?
いや、問うまでもありません。このくだりを読むとですね、
なるほど陰影がかもし出す美とはそういうものかと理解できて…
いやいや、そんな説明じゃとても済むもんじゃないですね、
なんていうか羊羹とはそんなに奥深いものだったのかと、まさに羊羹の中に
日本の美の神髄を見てしまい、感動するとともに、
そしてムショーに羊羹を食べたくなるからなんですね。
感動と食欲が格調高い文章にのってドカンと一緒にやってくる。

さすがは大文豪。筆の力が違います。

現在、「陰影礼賛」はデザインのバイブルとして海外のクリエイターにも
広く読まれているって聞きます。
ちなみにぼくは、アラーキーさんが「『陰影礼賛』はカメラマンのバイブルだ!」
なんてことを雑誌かなんかのインタビューでおっしゃっていたのを見たのが、
「陰影礼賛」を読むきっかけでした。ちょうど趣味でモノクロ写真を
撮るのにハマっていたときだったんで、夢中になって読みましたね。
以来、おりにふれて読む大好きな本として我が家の本棚に並んでいますよ。

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