伊丹さんが教えてくれたヒョイのこと。

itami

二十代半ばのころ、ぼくは今は亡き伊丹十三さんから広告クリエイティブの奥義を教わった。といっても、それは伊丹さんが書いた文章から、ぼくが勝手に学んだだけで、もちろん直接教わったわけではない。

伊丹さんといえば誰もが映画監督の伊丹さんを思い浮かべると思うけれど、当時はまだ、伊丹さんが映画監督になる前のこと。個性派俳優というか、個性派怪優として、あるいは本好きの間では、カリスマ的なエッセイストとして名を馳せていた。とにかく多才な人で、どんなことにも自分の方法論をもっている人だった。まぁ、いまさらいうまでもないことだけど。

さて、その当時の西武百貨店といえば輝かしい文化発信企業だった。そんな西武百貨店がその文化発信の歩みを伝える豪華本を出版したんですね。執筆群は当然、西武百貨店ですから「おいしい生活」や「不思議、大好き」など糸井重里さんのクリエイティブワークなんかが載っていたけど、その糸井さんがヒヨッコに思えてしまうような超豪華な執筆群、安部公房だったり、開高健だったり、と、そんな本だった。で、その中に伊丹十三さんがいたんです。(なんせ三十年も前の話なんで、うろ覚えで、細かい内容はおぼえていないけれど…)

伊丹さんはテレビCMも手がけていて、確か「私のCM制作方法」みたいな感じのタイトルだったように思う。そう、多才な伊丹さんは、広告業界でも、やはり独自の伊丹ワールドを発揮されていて、傑作CMをいくつも残していたんですね。伊丹さんはこんなことを書かれていた(うろ覚えながらも、そして僭越ながらも伊丹風口調で書き起こしてみます(笑))。

あのですねえ、いいCMのアイデアというのはねぇ、考えすぎてはいけないのですよ。だって、そうでしょ?テレビCMなんて誰も真剣に見ていないわけでしょ?だから、いいCMというものはですねぇ、なにかがいきなりこっちにヒョイっと軽く伝わってくるものなんです。だから、つくるほうもヒョイっと考えるべきであると。ね、つまり、熱くなっちゃいけないのですねぇ。熱くなって、考えすぎたものをつくっても、そんなものはヒョイと伝わらないんだなぁ。

…と。広告は、見てもらうための、伝えるための、興味をもってもらうための、なんかしらのアイデアがキモになる。それは広告のいちばん大切なところなので、まあ、ぼくら作り手はあれこれ考えるわけです。考えすぎてクタクタになるまで考えて、なにがいいのかわからなくなっちゃう、なんてことだってしばしば。だからこそ、この伊丹さんがいうところの「ヒョイ」には目が覚めた。なるほど、ヒョイと考えたものだからこそヒョイと伝わるのか!なんてシンプルで愉快な法則なのだろう、と。たしかに、頭かきむしって考えたものなんて、往々にしておもしろくないのだ。会話の中の冗談だって、その場の空気にのって脊髄反射みたいにフッと口をついて出てくるもののほうがおもしろいわけだし。

以来、ぼくはアイデアを考えるときは、考えすぎず、自分の中から自然にわいてくるものだけを信じるようにした(逆にいえば、それ以外は惜しみなくバッサリと捨てていくのだ!)。考えることは頭のなかを整理する意味では必要だけど、アイデアは、向こうからやってくるのをあせらずに待つべし。確かにそう覚悟を決めて、頭のなかにたえず浮かんでくるいろんなことを、注意深く取り出していくみたいな、そう、理屈をこねまわすのではなく、そこに全集中力を注いでいくようなことをしていると最初は思いもよらなかったようなことがカタチになっていく。それからだったと思う、自分の仕事が結果を出すようになり、まわりにも認められるようになっていって、この仕事をやっていけると自信が持てるようになったのは。あれから数十年、今でもぼくは伊丹さんの「ヒョイ」を忠実に守っている。で、ときたま思うんですね。あのとき伊丹さんの「ヒョイ」に出会っていなかったら、どうなっていたんだろうかと。スキルアップのために「アイデアの考え方」とか「クリエイティブ発想法」のような類の本を山ほど読んできたけれど、未だに「ヒョイ」ほど目からウロコだったものはない。そんなものを「ヒョイ」の一言で伝えてしまう伊丹さんはやっぱりすごいです。

蛇足ながら、伊丹さんはそのエッセイの最後を、たしか、こんなすっとぼけた(流石な)ひと言で締めくくっていた。

…でもですねえ、それでも、たまに熱くなりすぎて大傑作をつくっちゃうだなぁ。

mail5555

2016-07-05 | Posted in クリエイティブ, 人物No Comments » 

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